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国連 決議 死刑 廃止

  • 2007/12/27(木) 05:48:06


私見としての結論から述べますと


・そもそも論としては死刑は有り得ない


・でも現代社会としては死刑は非常に合理的



ってなところでしょうか


そもそも 人に人を裁く権利があるのかって根元論がありますな



 


ないでしょう


何にも属していない、一対の人間があるとする。 殺すも手を組むのも自由で(自由という概念さえ必要ない)、権利など介在しませんね。権利というならば、人に人を監禁(ムショにぶち込む)する権限も、自然権的に存在するとは思えません。
人が社会の中での逸脱行動を設定し、当てはめていくから犯罪者と、そうでないものが社会的に決定されていくのです。(ベッカーのラベリング理論)


ただ単独では生存に不適だから、手を組み更に人数を増やし、徒党を組むと。
徒党は社会なので、ルールが必要になる。仲間を殺して金品を奪うのに制裁がなかったら無法が横行し、当初の「生存率を上げる」、とゆー目標が達成出来ません


無法を減らすための見せしめ(抑止力)と、感情の処理(償い)の為に、徒党のルールも社会の法律も存在すると考えられます。


死刑廃止を訴える理由に


・冤罪の可能性
・人道上の問題


が、主に挙げられていると思うんですが、
まず冤罪の可能性を残して、死刑を執行しているのがおかしいですよね。これは捜査段階上の問題であり、「疑わしきは罰せず」の、徹底を図って防いでいくべきではないでしょうか。
決定的な証拠を積み上げて量刑は設定されていくべきものであり、それは死刑に限らず厳正に行っていただきたいものです。


さて、俺は死刑擁護論者ではありませんが
この合理・経済・拝金主義の現代において、人道主義的な死刑廃止論にはいささか違和感を覚えます。浮いているといいますか


重大で酷い犯罪者(再犯の可能性も高い)を、非人道的だからという理由で殺さずムショで生かし続ける財政的余裕があるならば、
南北、国内の経済的格差でぶっ殺されている弱者を救済するほうが、人道的、且つ合理的だとは考えられないでしょうか。


そして人道主義者は軍隊の存在をも否定するものなのでしょうか。アレも国民が国家に殺人の権利を委託しているようなものですからね。


大体にして山口県の母子殺害事件で、死刑廃止団体がムチャクチャな理屈で無罪を勝ち取ろうとする姿を見たとき以来、この手の死刑廃止論者には不信感を覚えています


死刑廃止論者が、合理・経済・拝金主義にも一石を投じるというならば、俺も一口乗りましょう
しかしそうは思えない。彼らは自分の道徳的な感覚を頼りに「他の先進国の倣って」、単なる人道論に終始しているようにしか感じられないのです


これは、先進国で経済的な豊かさを追及し、車を乗り回し、モノを大量に消費しつつ、ボランティア活動にいそしむ人の姿に重なります(ボランティアに一番熱心なのはアメリカです)。
格差社会、経済社会こそが人と環境を破壊しているのです。
ボランティアをする気持ち自体は尊重できます。しかし自分の生活、社会の在り方を見直すのでなければ、それは「偽善」、や「自己満足」以外の何物でもありません


このように、死刑制度の問題じゃなくとも、人道論は世界のそこかしこで必要とされています。


法律とは、あくまで冷徹に、無味乾燥に、遺族の感情を代行するのでもなく、ただ秩序の維持により社会に安定をもたらすためだけに存在することに、意義があるのではないでしょうか


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